じっくりとマーケティング調査やリサーチを実施し、練りに練ったコンセプト賃貸が、ようやく完成したと思ったころに同じコンセプトの物件が出現することがあります。
また、成功した途端、真似をされて、同じコンセプト賃貸が何室も誕生することもあります。
今回はこのことをどう捉えるべきかについて、私の考え方をお伝えしたいと思います。
「新しい需要をつくり出せること」がコンセプト賃貸の利点
コンセプトを真似られることは怖いことか?
「仏つくって魂入れず」の愚
先を越されたら参考にさせていただこう
同じコンセプトを持った物件なら学び合おう
新たな市場を一緒につくり出す
コンセプトの真似られても怖くありません
> 「新しい需要をつくり出せること」がコンセプト賃貸の利点
総務省統計局が発表した「平成30年住宅・土地統計調査」によると、国内の賃貸用住宅には432万7000もの空室があるということである。
賃貸住宅を利用している人、利用したい人を「需要」、賃貸用の住宅を「供給」と呼ぶとすると、供給過剰も甚だしい。
この432万7000室が埋まるとしたら、需要が432万7000世帯増えるか、同数の供給が減るかのいずれかが必要となるが、どちらも現実的ではない。
そのうえ人口は着実に減っていて(特に賃貸住宅を借りる年齢層の人が少なくなってきている)、新築物件は建てられ続けているわけだから、物件余りの状況はますます顕著になっていくことが明らかだ。
外国の方にどんどん日本に移住していただくなど、借りる人のパイを増やす方策も考えられるが、それは一人のオーナーがどうこうできる問題ではないから、賃貸経営者は、借りる人を奪い合わなければならない。
この環境下において、コンセプト賃貸は有利だというメッセージを私は発信している。
普通の物件だと、「供給>需要」という環境のもとで争わなければならないが、強力な個性、キラーコンセプトを持つ賃貸住宅であれば、そこから外れたところで勝負ができるからだ。
たとえるならば、ラーメンは中華料理屋で食べるのが当たり前だった時代に、日清食品の創業者・安藤百福さんが家庭で手軽に食べられるインスタントラーメン(チキンラーメン)を発明したようなものだろうか。
ラーメンを食べる人を自分のお店に来ていただくために、どの中華料理屋も美味しさや値段で争っていたわけだが、安藤百福さんは「家庭で手軽に食べられるラーメン」というコンセプトを打ち出し、全く別の市場を創出された。
誰もライバルのいない新しい市場をつくり出されたので、当然「供給<需要」という環境で商売ができる。
もちろん、「インスタントラーメンを食べたい人」という需要をつくること自体が大変ではあったが、大きな成功を収められた。
コンセプト賃貸も、このケースに似ていると私は考えていて、「借りて暮らす場所」という意味では普通の賃貸住宅と同じだが、「自分の強い欲求や必要性を満たす賃貸住宅」というのは従来とは別の、新しい市場と言えるのではないかと思う。
たとえば「たくさんのネコに囲まれて暮らしたい」という方にとって、ネコの飼育を禁止している賃貸物件は何の意味もない。ネコ1匹の飼育を認めている賃貸物件もあまり意味がない。
どうしてもネコをたくさん飼って暮らしたい方の場合、それを認めるコンセプトを掲げた部屋だけが自分のニーズを満たすもので、数少ない物件の中から選ぶことになる。
これは「供給<需要」となっている新しい市場をつくり、競争優位に立つ戦略として有益だと思うのだが、どうだろうか?
> コンセプトを真似られることは怖いことか?
ところで以前、コンセプト賃貸プロデュースのコンサルティングをさせていただいて、「自分の物件がテレビや雑誌などで紹介されたら、真似をされてしまい、入居者を奪われていってしまうのではないだろうか」と心配されたオーナーがいた。
成功すればするほど、真似をされるリスクが高まるのはどうにも避けられないことで、どの業界でも当たり前のように繰り返されている。
たとえば先述のインスタントラーメンも、安藤百福さんが発明されたあと、粗悪品も含めて真似をしたインスタントラーメンが市場にあふれ出てきた。
それをコントロールするのは大変だったそうだ。
しかし、賃貸不動産業界の場合、安藤百福さんがされたような苦労はしないで済むと私は思っている。
大量生産・大量消費されるインスタントラーメンと違って、賃貸住宅の供給数は知れたものだからだ。
仮に同じ駅で自分の物件近くに同じコンセプト賃貸をつくられたとしてもたいした問題ではない。
ニッチ分野でそのコンセプトを求める人が、潜在需要も含めて何千人、何万人もいたとしたら、供給されるコンセプト賃貸が10室から100室に増えたとしたって、需要のほうがはるかに上回る。
供給が需要を上回る時代が来る確率がゼロとは言わないが、限りなく低いと思う。
> 「仏つくって魂入れず」の愚
そしてまた、コンセプトの真似にもレベルがあると思っている。
形だけ真似ても、それをつくった動機が希薄で、マーケティング調査、専門家のリサーチが不足し、リーシングやマネジメントのノウハウを知らないオーナーや管理会社がつくるコンセプト賃貸は失敗するだけで、ライバルにもならない可能性が高い。
ひとつ例をあげよう。
以前、私は「メキシカンハンモック」が全室についている賃貸マンションをつくらせていただいた。
メキシカンハンモックは細かい綿の糸で編み込まれているので伸縮性があり、ワイドに広げて使えるので、大の字になって寝ることができる。カップルや親子で一緒に寝転ぶことも可能である。
この物件はテレビや雑誌でも紹介され、完成後たちまち満室になったが、その後、メキシカンハンモックを採用されるオーナーが多数現れ、さほど珍しいものではなくなった。
そうなると、リーシング上の効果は薄れてくると思われるかもしれないが、実はそうではない。
何故かと言うと、メキシカンハンモックがその物件の売りとは考えていなかったからだ。
メキシカンハンモックを設置した理由は、その物件が桜並木に面して建てられたマンションであり、部屋の窓から満開の見事な桜を眺めることができることを強調したかったからだ。
そのことをPRするとき、ただ「部屋から桜が見えますよ」と伝えるだけでは足りないと思い、「メキシカンハンモックに揺られながら、部屋で花見をするのはいかが?」というメッセージを市場に送ったのだ。
つまり、メキシカンハンモックをどう活用するかがポイントなので、そこまでセットで真似される可能性はそう高くない。
仮にセットで真似をされても困らないので、それ以前のメキシカンハンモック単体の真似など何でも思わない。
「仏つくって魂入れず」的な真似など恐るるに足らずだ。
> 先を越されたら参考にさせていただこう
「真似をされる」ことと少し異なるが、温めている企画が先を越されることもある。
新築の場合、建築プランを固めてから完成するまでに1年も2年もかかることがあり、その間に誰かが同じコンセプトで物件をつくり、世に出してしまうことは充分あり得ることだ。
この場合、こちらが真似をしたと言われることになり、気持ち的には少し残念だが、実際は何の問題もないと思っている。
いや、それどころかむしろ好都合だ。
何故なら、この先行事例から多くの情報を得ることができるからだ。
企画内容で自分たちが気付いていなかったことがあるかもしれないし、どれぐらいの家賃設定で決まっているか(相場よりどれぐらい高く貸せたか、決まり具合はどうたったか)データを取れる。
リーシング方法、マネジメント方法を真似できる場合もある。
兼好法師は『徒然草』の中で「何事も先達はあらまほしけれ」と言っておられるが、同じコンセプトで直近に物件をつくってくださったのなら、これに勝る「先達」はない。
徹底的に研究させていただけるチャンスなので、「好都合」だと言うわけだ。
> 同じコンセプトを持った物件なら学び合おう
一方、こちらが「先達」であった場合も、先に学んだ情報やノウハウを後輩に伝授してあげてもよいかもしれない。敵ではなく同志になるのだ。
コンセプト賃貸ではないが、親しくお付き合いさせていただいている、あるオーナー(ここでは「Oさん」と呼ぶ)との間にこんな思い出がある。
無垢のフローリング材などを用いたデザインリノベーションで有名なH社が設立間もない頃からOさんは工事を依頼しておられた(先見の明がある)。
Oさんは完成後の内覧会に私を招いてくださり、それがとてもよかったので、近くにある管理物件で私もH社にリノベーション工事を発注した。
その際、Oさんの物件を見て気付いたアイディアを盛り込んでみた。
完成後、Oさんに見ていただいたら、そのアイディアはOさんが次にやられた物件で採用された。
そのうえでさらに新しいアイディアを加えておられたので、私は次の物件で真似させていただいた。
それを何度か繰り返すうちに、「はじめの現場打合せの段階から混ぜてもらえませんか?」とOさんに言われ、私は喜んでお請けした。
そうしてOさんとは親しくお付き合いさせていただくようになり、H社のいいところ、悪いところの情報も共有できるようになった。
この例は、同じコンセプトで物件をつくりたいオーナーとの付き合いにも当てはめられるのではないかと思うのだ。
同じコンセプトでつくるということは、そもそも好みが似ているということ。
そういう人と一緒にプランやノウハウを編み出していったら、相当いいものが生まれる可能性があると思う。
自分は何も提供せず、たた情報やノウハウを欲しがる「くれくれ君」ならパスだが、そうでないならコラボレーションすることを考えてみてもいいと思う。
> 新たな市場を一緒につくり出す
同じコンセプト賃貸を先行してつくった方、真似をしたいという方とコラボレーションすることで良いことはほかにもある。
先に安藤百福さんがインスタントラーメンを発明されたことを例にとったが、発売当時、問屋さんがなかなか受け入れてくれなくて大変だったという話を聞いたことがある。
新しい市場、新しい需要を生み出すというのは生半可なことではない。
このとき安藤百福さんは、インスタントラーメンづくりのノウハウ(特許)を公開し、同業者を育てられた。そして一緒にインスタントラーメン市場を開拓していかれた。
本当に素晴らしい方だと思うが、コンセプト賃貸でもこの考え方は真似させていただくべきではないだろうか?
コラボレーションすることでより良い物件をつくり、コンセプトのターゲットとなる入居者予備軍の方たちに向けて一緒にメッセージを発信する。
そして新しい市場、大きな器を一緒につくる。需要を生み出していく。
そうすれば自分自身の成功も早まるのではないだろうか?
> まとめ~コンセプトの真似られても怖くありません
今回のコラムのまとめです。
- コンセプト賃貸は賃貸市場に新しい需要をつくり出せる可能性を秘めている。新しい需要をつくり出せれば、普通の物件のように供給過多に怯える必要がなくなる。
- 苦労してプロデュースしたコンセプト賃貸の真似をされることを怖れるオーナーがいるが、その必要はない。ニッチ分野でそのコンセプトを求める人がたくさんいれば、需要が供給を下回ることはまずない。本物のコンセプト賃貸の競争力は計り知れない。
- コンセプトを真似されても、その多くは形だけしか真似できないことが多いから、たいしたことがない。「仏つくって魂入れず」のコンセプト賃貸なぞ、恐るるに足らず。
- 同じコンセプト賃貸を先行されても気にする必要はない。むしろ「先達」から多くを学ばせていただけるチャンスだと考えよう。
- 同じコンセプトで物件をつくったオーナーとは気が合う可能性が高い。敵視するのでなく、コラボレーションして、一緒により良いものをつくることを模索するのもいい。
- 新しい市場、新しい需要をつくることの苦労を思ったら、むしろ同じコンセプト賃貸は増えていったほうがいい。手を携えることが成功への早道になる可能性もある。
今回、私が強く申し上げたいのは、「どうぞちっぽけな考え方は捨ててください」ということです。
自分の練り上げたコンセプトに思い入れがあり、成功を独り占めしたくなる気持ちはわからなくもないですが、ちっぽけな考え方をしていると、ちっぽけな成功しか手に入れられなくなるのでは?と思います。
あなたがつくった賃貸物件のコンセプトが強烈なものならば、それを求める入居者予備軍の数(需要)はとてつもなく大きなものである可能性が高いです。
大きな不動産会社を営んでおられ、何百棟、何千棟とつくるのであれば別ですが、10棟、20棟つくったぐらいでは、需要を満たすことなどできやしません。
むしろ、その入居者予備軍の方たちにどうやって出会えるか、どう発掘するかのほうが問題です。
そのために良きパートナーを育てるぐらいの気持ちで臨んだほうが成功は早いと思うのですが、いかがでしょうか?